「患者の本意」は?

アイコン  「患者本位」ではありません。より狭い意味です。むしろ「患者の本音」の方に近いのですが、やはり違います。後になって後悔するような自己決定は、「患者の本音」だったといえますが、「患者の本意」だったとはいえません。
 「患者の本当の願い」といえば理解していただけるでしょう。ここでは、こうした意味を込めてこの言葉を使います。略して KH です。

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1.   “天寿がん”
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「自立」と「依存」の思い違い
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1. “天寿がん”
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「患者の本意」
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 今年の癌学会で最も印象に残ったのは、何といっても、癌研所長、北川知行氏の「天寿がん」の提唱である。
人間、いかに寿命が延びたといっても、二百歳、三百歳までは生きられない。人の寿命には限りがある。幸せな人生も、不幸な人生も、いつかは終わらなければならない。
 人の死は悲しむべきものであるが、超高齢者の安らかな死は、日本人は「天寿を全うした」として、むしろ祝福してきた。祝うのは家族や周囲の人々だけではない。本人も人生に満足して幸せな気持ちで死に臨むのである。これを「大往生」という。
医学、医療の究極の目標は、人が事故や病気で不本意な死を押し付けられるのではなく、寿命が尽きたとき枯れるように安らかに死にたい、死なせたい、ということである。
 医学がなおも未完成なため、現在、多くの人々がケガや病気で死んでいっている。老衰という診断も、詳しく見れば原因がある。ガンの本体がまだわからなかった100年前は、痛みの症状の少ないガンの高齢者は皆、老衰とされていたのだろう。
 高齢になるにつれてガンは増える。ガンは体細胞の老化現象の一種だからである。高齢化社会が進行すると、ガンはますます増えていくことだろう。医学がいかに進歩しても将来、ガンが完全になくなることは考えられない。
それならと、北川氏は唱えた。
 「高齢者の癌死は、一種の自然死とも見なされうる。“さしたる苦痛もなく、ヒトを死に導く超高齢者のがん”を天寿がんと呼び、天寿がんなら、がんで死ぬのも悪くない。」
 「天寿がんなら攻撃的治療はしない。がん死のあるものを肯定的に見る視点を持つことは、ヒトががん問題に、より現実的に、あるいはより上手に対処していく道を開くのではないか。がんに対する無用な恐怖心を払拭することは、がんの二次予防や治療にも寄与するであろう。」
 北川氏は続ける。
 「検診で発見される微小病変に、自然史も不明のまま徒に攻撃的治療を加えてはならない。理想的な天寿がんは稀であるが、治療により修飾される天寿がんは多い。天寿がんに近づけることを目標とした治療というものを、今後発展させるべきだろう。」
 (*引用は日本癌学会総会記事第57回総会横浜平成10年9月から)
 この天寿がんの考え方は、国際ジャーナル Cancer 9月15日号にも共同研究者と連名で掲載されている。この雑誌はがん治療の国際誌としては最も広く読まれている。そのトップを飾ったのである。
 北川氏は天寿がんを考えるきっかけとなった二症例を紹介している。
 第一例の男性は、98歳まで健康そのもので医者にかかったことはなかった。死の4ヵ月前から、しだいに食欲が落ち痩せてきて、別に痛みや苦痛を訴えることなくやがて安らかに亡くなった。
 死の直前に、死後自分の体を研究者に調べてもらい、たぐい稀な健康の秘密を明らかにしてほしい、と家族に託した。病理解剖の結果、胃噴門部と前庭部に、共に10 cm 径のがんが二つ発見され、それが食欲をなくした原因とわかった。
もう一例は92歳で亡くなった女性である。30代で胆石を手術、80歳で腹膜癒着、その手術の後、肝炎を患った。死の14ケ月前、偶然10 cm 径の肝癌が発見された。
お茶の師匠としてなお現役で、症状もないことから、医者である息子は何もしないのが最良の治療と決めた。死の6ヵ月前から徐々に食欲がなくなり、最後の3ヵ月は入院し、中心静脈から栄養点滴をした。最後は栄養障害と肺炎で亡くなった。病理解剖の結果は、肝右葉をほぼ占める巨大な肝癌と、少数の肝内転移と肺転移が見つかっただけであった。
 この2例は長い人生を存分に謳歌した後、苦痛もなく、家族に祝福されての死であった。本人にとっても幸せであったに違いない。
天寿という言葉は英語にはないため、日本語でそのまま Tenju-gann とされ、しいて英語で言うなら "natural-end cancer" と紹介された。日本発の国際語がまた一つ増えた。
 天寿がんに対しては何もしないのが最良の治療である。理想的な天寿がんは稀であろうが、がん治療の研究は天寿がんに近付ける方向で努力されなければならないだろう。

 ここで終わればいい話題の紹介ですむのであるが、私の悪癖で、どうしてもいらぬことまで言いたくなる。それを次回に。
(KH通信 No. 76 98/10/3名取春彦)

2. “天寿がん”(続)
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 北川知行氏は、「天寿がん」に対しては何もしないのが最良の治療である、として「天寿がん」の考え方を提唱した。
 「天寿がん」という格好のよい言葉で改めて使わなくても、こんなことは、実地の医者たちは皆わかっていた。わからなかったのは、大学病院の医者と、都会のがん専門病院の医者、それに過剰医療で稼ぎまくる医者たちだけである。行き過ぎるがん医療に対して「人はがんの予防や治療をするためだけに生きているのではない」とはさんざん言われ続けててきた。
 近ごろ寝たきり老人やぼけ老人の問題がさんざんクローズアップされる。介護する家族の負担がわかるから超高齢者たちは、できることならコロっと死にたい、ともらす。
 交通事故などで死ぬよりは、がんで死ぬ方がよっぽどよい、と主張する人も現われた。痛みは麻薬などで抑えられる。家族に負担をかけるのは比較的短期間ですむ。それに死ぬまでの間、家族や友人たちに別れが言える。
 医療費の増大は健保財政をひっ迫させている。これらの社会の現実の背景を見るなら、「天寿がん」という言葉を使って高齢者医療の特殊性を一つ整理すれば、その考え方は多くの人々に受け入れられるであろう。
 医学哲学や医療倫理からは問題を抱えながらも、現実的な対策を打ち出すためには「天寿がん」という言葉は有益である。何しろ響きがよい。そこには高齢者を排除する要素は全く感じとれない。
 しかし、医療の原則はあくまで患者のプラスになることであることを忘れてはならない。超高齢者といえども、積極的治療が患者のプラスになるなら、超高齢者という理由で見捨てられてはならない。
 Cancer 9月15日号では、北川氏の提言に続いて、ミネソタ大名誉教授の B. J. Kennedy 博士の鋭い論評が掲載されている。その重要な部分を私なりに噛み砕いて紹介しよう。
 第一例は内視鏡やX線診断、組織診断までやるべきではなかっただろうか。もしリンパ腫であったなら、さしたる危険性もなく、十分な治療ができた。胃ガンだとわかっても、胃切除すべきではなかっただろうか。治療法は、本人や家族が状況をきちんと理解したうえで決められるべきである。
 第二例の場合は医者である息子が治療を拒んだ。文化の違いはあるが、これがアメリカなら、末期がん患者は家族と心を割って対話するよう勧められる。息子が善かれと思っていることが必ずしも本人の望むこととは限らない。この患者は肝部分切除を受けていれば、もっと長生きしたかもしれない。
 14ヵ月生存したというが、最後の3ヵ月は入院して、ただ延命のためだけに高価な栄養点滴をしていた。これは一貫性に欠ける。
 95歳の大学教授が進行した肝臓がんと診断された。本人の希望で積極的な抗がん剤治療を受け、102歳でなお生存しているという例もある。高齢者のがんといえども、治療の目標は、安らかな死だけではなく、生存期間、生存の中味も含め、この三つを最高に持っていくことに変わりはない。
 しかし、アメリカの現実を見ても、高齢者の医療コストは急騰している。高齢者がんの最善の治療は治療をしないことだとする天寿がんの考え方は確かに都合がよい。高齢者に本当に必用なことは何か、についてはこれまであまり考えられることがなかった。今後もっと追及されるべきでろう。Kennedy 博士はこのように論評した。
 癌学会では「超高齢者を男性は85歳、女性は90歳あたりが妥当ではないか。」との北川氏の提案に、場内から「年齢を区切る必用はないのではないか。」という発言があった。
 確かに、90歳でも人生これからという人もおり、60歳でも積極的に治療しなければ安らかに死を迎えられそうな患者もいる。突き詰めれば年齢に関係なく、がんで死ぬときを天寿としてもおかしくはない。むしろ高齢者を区別することは高齢者排除につながる。
 北川氏は応えた。「患者よ、がんと闘うな、と言って、がん医療を混乱させている人がいる。私は彼とは違う。区別する上でも、年齢を区切る必用がある。」
この彼とは「患者よ、がんと闘うな」の著者、近藤誠氏のことである。癌学会は昨年からは一貫して近藤氏を無視してきたが、今年は学会重鎮の北川氏がついボロを出してしまった。学者が政治家になってしまった。
 学者が言うなら、「超高齢者のがんに限って言えば、近藤誠氏の主張と全く意見の一致を見た。しかしなお、その他のがんについては意見が違う。」とでも言うべきだろう。
 (KH通信 No. 77 98/10/26 名取春彦)

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